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マリみて・瞳子ちゃんのこと(1)デコイ(「銀杏の中の桜」より)

 ここのところ、教会の主日礼拝に毎週行っています。カトリック教会にも行ってみて、神父様の人柄に感銘したり、これまで関わりのあったプロテスタントのある宗派の教会との違いにとまどったり、感激したりと、色々なことがあります。私には、男っぽくて活動家っぽいプロテスタントよりも、包み込むようなカトリックの雰囲気の方が合っているようです。
 それはともかく、ここでは「マリみて」の話です。これからちょっとの間は瞳子ちゃんのことです。瞳子ちゃんを好きになれない、という書き込みがあって、それに対して色々考えてみたことです。順を追っていきましょう。

おとりになる@「銀杏の中の桜」 
 一つ見たことがあるのは、「銀杏の中の桜(BGN)」での瞳子ちゃんの行動に対するコメントにおいて、です。乃梨子ちゃんの鞄を勝手に開けて中をのぞき、あまつさえそれを勝手に持ち出して、そして乃梨子ちゃんと志摩子さんをさらし者にする尖兵になったわけですから、それは正当な行為ではないでしょう。それ以外の大きな、それも善意による目的があるとはいえ。
 しかし、このエピソードでの「大仕掛け」の首謀者は、山百合会幹部の面々であり、中でも祥子様、令様です。彼女らの行為の正当性は、その仕掛けが成功のうちに完遂されるか否かにかかっていたわけです。…いや、それでも正当性が完全に保証されるかといえば、どうかと思いますが。問題は、失敗した場合のリスクをどう負うかです。本エピソードでは「もし失敗したら」の話を回避していましたが、そのリスクは実際非常に大きいです。志摩子さん-乃梨子ちゃんの絆や性格を信頼していたため、成功の可能性は十分にあったとしても。失敗すると、それこそどのような処分や評価が発生するでしょうか。
 失敗した場合のダメージをいかに回避するか、少なくとも軽減する方法を考えると、瞳子ちゃんがしていたことの意味がもう一つ浮かんできます。本人がそれを意図していたかどうかはわかりませんが、マリア祭の仕掛け以前の行動はすべて彼女が実行していたわけで、薔薇の館の面々はとぼけようと思えばとぼけられるようになっていたでしょう。多少暴走したせいで言い逃れは難しくなりましたが。「勝手に持ち出した」ことに教師の目を向けさせることができれば、山百合会幹部(薔薇の館の面々)のの汚点となるようなことを避けられるということです。
 実際、マリア祭での仕掛けが成功した後、かなりわざとらしく乃梨子ちゃんに「ちゅ・う・こ・く」して、思いっきり怒鳴られていましたが、このときも実は、祥子様や令様に向かう可能性のあった乃梨子ちゃんの目をそらす機能をある程度持っていたともいえます。
 これは推測にすぎませんが、もし、瞳子ちゃんがここまで考えた上で行動していたとすると、ただ策士であるというだけではない部分が見えてきます。

 このエピソードには、ほかにもいくつか解せないことがあります。それは瞳子ちゃんの乃梨子ちゃんに対する態度や行動についてなのですが、それは次のお話にしましょう。

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コメント

日記の感想にならないかもしれませんが、今野先生は小説内で「『罪を憎んで人を憎まず』な考えを持つ事は大事だわよ」という事を書きたいのだと私は感じています。 瞳子ちゃんにしても可南子ちゃんにしてもひどい事をしてきたにもかかわらず、今となってはそれぞれにファンが付いているのは、彼女達の可愛らしさが滲み出ているからです。
で、私は瞳子ちゃんが犯した悪事(乃梨子ちゃんの数珠泥棒等)は未だに許せないのですが(あ、勘違いしないで下さいね!!瞳子ちゃんは由乃さんの次に好きなキャラです)、その原因は祐巳ちゃんにもあるのですよね? 「志摩子さんのさらし者」にする事を最後まで疑問に感じているにもかかわらず、結局は薔薇さまの言いなりになってしまいましたよね!? でも、最近の祐巳ちゃんは自己主張(『真夏』や『特一』参考)がだいぶ強くなってきましたね!! 
そこで思ったのですが、今の祐巳ちゃんが『チェリブロ』時代に遡ったら、果たして瞳子ちゃんを悪者にしてまでさせたかどうかは私は否だと思います。 私が祐巳ちゃんの妹として瞳子ちゃんを推す最大の理由(後は、瞳子ちゃんによる「等価交換」⇒山百合会を優先=演劇を捨てる覚悟を受け止めてetc)は彼女によって何らかの形で「罪と罰」を与えて欲しいからなんです。 他の人の意見では「祥祐」を邪魔するからorこの子は「薔薇の館」にふさわしくないから嫌だというのをよく見かけますが、私にとっての『マリみて』は「祐巳ちゃん成長日記」と思って読んでいますから、やはり瞳子ちゃんが妥当だと強く感じています。(どこで終了するのかは別にしまして・・・)
長文になりましたが、冬紫晴さまの書く文章はとても深いので、本当に興味深く思っております。 これからも、続きを楽しみにしています!!

投稿: mikky | 2004年12月 8日 (水) 05時30分

チェリーブロッサムについては、いろいろツッコミたいところはあるのですが、作者様も「あのエピソードに向かって」書き進めて「可能な限り不自然にならないよう」頑張ったと思います。でも、祥子さまや令さまも「らしくない行動」という感じもしますし、100%うまくいったとはいえないかも。
それらのしわ寄せを(BGNで)瞳子ちゃんに押し付けたという感じもします。

投稿: ワトソン | 2004年12月 9日 (木) 21時50分

>mikkyさま
続きを楽しみにしていらっしゃるとのこと、ありがとうございます。
「銀杏の中の桜」でのエピソードについては、「原因」をどこに求めるかという話になると非常に込み入ったことになります。最初にややこしい事態を起こさせたのは小寓寺住職、志摩子父です。いくら娘に自分の力だけでその頑なさから抜け出して欲しいと願った結果だとしても(推測ですが)、もう少しやり方を考えた方が良かったのではないかと…それだけ娘を信頼し、リリアン女学園という場所を買っていたとも言えますが。私だったら例えば、機を見計らって「秋川神冥窟」のようなところを紹介したりとか、あるいはリリアン女子大または高等部に出張して特別講義するとか。(それでも「運動会に僧侶がいる」とか、「文化祭に任侠映画のコスプレ」よりはインパクトは小さい?)
祐巳のスールが誰になるか、ということについては、まあ先走らず、じっくり見ていきたいと思っています。私も瞳子ちゃんの方が自然だとは思います。
瞳子ちゃんについての思うことはまだまだ続きますので、お待ちを。「薔薇の館にふさわしいかどうか」は、また別の話「元三羽がらす、もとい三薔薇様はスーパーマンか」ということとして考えてみたいですね。

>ワトソンさま
お久しぶりです。
あはは…(^^;まあその、「銀杏の中の桜」が最初に作られたエピソードであり、そこに向かっていかなければならなかったというのは十分念頭に置いていますが、ここではとりあえず、彼女らをまるで実在の人物であるかのように見る立場を取るので…いや、その通りだと思います。100%うまくいったわけではないですが、あれだけの話までよく持って行きましたよね。その上で確かに瞳子ちゃんは「便利」なキャラクターではありました。
 ただ、それを単なる「しわ寄せ」ではなく、彼女独特の背景、性格を肉付けしているのではないかと感じます。その鍵が「子羊〜」でありました。それはまた、追々。

投稿: 冬紫晴(管理者) | 2004年12月10日 (金) 00時10分

いつも楽しみに拝見しております。
「銀杏の中の桜」は、瞳子ちゃんも含めて乱暴すぎ、エキセントリック過ぎではないかというのが面白いところでもあり違和感を覚えるところでもあると思います。祥子様たちの行動の正当性というのは、マイルドな方法では到底無理だったとすればある程度裏付けられるところです。
その点については、さほど頑なでなくても良いことを志摩子さんが理解するといった方向ではなくて全く逆の方向で解決されていることが目立ちますね。友情(姉妹愛)が尊い自己犠牲によって証明され、志摩子さんの信仰の純粋性も証明されることでとらわれから開放されるといった形になっています。逆にいうと志摩子さんの不安というのは自己のあり方にまで及ぶ根深いもので、身を挺するところまでいかないとなかなか関われないものだったかも知れないです。十二歳のころ云々といったエピソードにしても、志摩子父は手を拱き、娘の希望もある程度叶え、現実的でもある方法を提案するより他に仕方なかったかと。
…例えそうだとしても、祥子様たちの正当性が全て保証される、というわけでもないのですけれど。(^^;
新学期の爽やかな舞台といい、ドキドキな展開といい、個人的にはとても好きな作品です。

投稿: くりくりまろん | 2004年12月11日 (土) 02時11分

>くりくりまろんさま
お久しぶりでございます。ありがとうございます。
…え〜と。今回の話は瞳子ちゃんに集中するため、今のところ志摩子さん、乃梨子ちゃんについてはほったらかしになってしまっています。スミマセン。
…そうですねえ、志摩子父は別に手をこまねいたわけではないのだろうと考えています。
また、志摩子さんのバインドは「銀杏〜」においてはまだ解けたわけではないと私はとらえます。

答えになってませんね。申し訳ない。志摩子さん、およびそれに関連して聖さまの話になると、これも一筋縄ではいかないことがらで、あまりに答えるのが難しいことなので、また別の機会に「佐藤聖を『白チビ』と呼ぶこと」などとともに考えてみようかと思います。

投稿: 冬紫晴(管理者) | 2004年12月12日 (日) 03時55分

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 ごきげんよう  今日は、二条乃梨子ちゃんとその大親友である松平瞳子ちゃんが登場します。 >> 「[http://d.hatena.ne.jp/asax/20050324:title]」 「友達思い」な所があるんですよ!!  では、昨日の続きです。 -是が非か オーディション 「ISBN:4086005689:title」                  5(P.46〜51) >>  「瞳子」  「何?」  二つの縦ロールが、バネのように揺れる。  「祐巳さまのこと、ど... [続きを読む]

受信: 2005年4月11日 (月) 12時49分

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