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KURAUのこと・「マリみて」とともに…家族と「対」、それから「なにか、いい言葉」

「KURAU Phantom Memory」が終わりました。私はこの作品好きですね。今期のことを考えると、「MONSTER」「お伽草子(東京編)」「ファンタジックチルドレン」、それからこの作品、といったのが高評価になってます。「マリア様がみてる」アニメ版は…まあそれはそれ。
 主題歌(OP)から、その他のイベントについても、ほとんどすべてこの最終話の、ある回想の、ある一言に突っ走るためのものだった、と、そのようにも言えましょうか。第2話(2nd Reaction)のタイトル「なにか、いい言葉」で、その「いい言葉」が何故「クリスマス」だったのか、ようやくわかって、最近気になっていることとも重なって、それがあまりにも素敵で、泣いてしまいました。クリスマスの贈り物だったのですね。これ。両手で両頬にそっと触れる(気合いを入れるときは、軽く張るように)のと一緒に。

「大丈夫よクラウ。お母さんはいつでもここにいる」

 「私はいつでもここにいる」という、大切な人の言葉は、たとえその人に会えなくなっても、それで寂しくてたまらなくても、これさえあれば私は大丈夫だという、そんな言葉なのだと思います。その向こうには、ただ、その大切な人が言ったというだけでない、その人から伝わった、それでいてその人の持ち物ではない、人の持ち物ではない何かが横たわっているからです。その「何か」については、言葉にせずにおきましょう。

 このことが、「マリみて」と繋がってくるところです。その大切な人のその言葉を持っていれば、それを、自分を大切な人とする次の誰かに伝えることもできる。それだから繋がっていく。「マリみて」の「特別でないただの一日」の末尾、祥子さまの「妹を作りなさい」には、そんなことを感じるのです。

 家族にまつわる話や、それに連なる話は、理想を口にすれば「そんな甘いものではない」という言葉はどこからでも聞こえてきます。例えそうであったとしても、そのままでいいわけがないのです。それを十分に知った上で、それでも目指す何かに向かっていかなければ、殺伐としていくだけです。「そんなに甘いものではない」というのは、その努力を放棄していると言うことではないかしら?誰かに与えられるのを待っているのも、ただの依存ですし。理想型は示されなければならないはずです。
 力を強くし頂点に立ちその位置を盤石のものとするモノではなく、「今の世界」の端の方にいて常に「広い世界」に接しており、力はなくともそこに出ていく知恵と勇気を持つモノが、それを伝えてきた…「地球大進化」を見ていると、そんなことを考えもするのです。

……ちょっとやり過ぎ??こんなこと言うのもおこがましいものですが。たまにはいいじゃない、と思う。どうか大目に見てくださいね。

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コメント

「KURAU」の最終回、良かったですね。私はこの作品を知らずにいて、途中から見るようになったのですが(前半のあらすじは公式サイトで)、最後の方は「これでちゃんと終われるの」などと思ったりしましたが、「こういう終わり方も良いな」と思いました。
(ただ、大勢死ぬ展開は気分が落ち込みます)
「ファンタジックチルドレン」は、一回だけ見て、最近の私は「深夜に重い作品はちょっと」という気分だったので、やめてしまいました。
最近の気分としては、「ひたすら楽しい作品」を見たかったので。
余談ですが、最近、私が見ているのは・・・
NHK教育「魔法少女隊アルス」 「プラネテス」
TBS「RosenMaiden」
テレビ朝日「プリキュア」
フジテレビ「レジェンズ」
テレビ東京「月詠」 「遙かなる時空の中で」 「tactics」 「舞-HiME」 「NARUTO」 「ケロロ軍曹」
といったところです。

投稿: ワトソン | 2004年12月16日 (木) 05時07分

KURAUに関しては冬紫晴氏の紹介という感じで、13話以降は結構見ていました。ほぼリアルタイムで(ダメ斜壊人)。2話からの~という点は最初から見ずに損した気分です。作品は、謎や設定の追究から入る人ではないので、感覚的に非常に受け容れられるものでした。絵や音楽といったところのマチエールと言うべきものが特に自分に合っていたし。ただ、寄せては返す波のように繰り返される対の喪失と暴走のところは……とも思ったのですが、そのような動向も含めて我々自身にも当てはまるのではないかと思っていたりします。
ワトソン氏が披瀝していらっしゃるので、今期の視聴作品をば。FC、月詠、tactics、巌窟王、双恋、BECK、KURAU、なのは、舞-HiME、Rozen Maiden、To Heart R、学園アリス、うた∽かた、神無月の巫女、ファフナーと死ねるくらい見てます。私的課題に合うのはうた∽かたとRozenかな。

投稿: then-d | 2004年12月18日 (土) 00時45分

お返事遅れてごめんなさい。

>ワトソンさま
そうですねぇ…私はあのような終わり方が好みなのです。盛り上がっていくよりも、静かに収束するのが。また、クリスマスと「クリスマスのクラウ」で締めくくるのではなく、「天箕博士の娘のクラウ」と「クラウの息子」と「祖父になった天箕」で締めくくったのも一つのポイントですね。
Fantasic Childrenも、背景や設定は別にして、「家族」と「想い人」を正面から扱っているのが気に入っています。アニメの作品で、このような雰囲気を持つものが最近目につきます。たぶん、他の日本製民放ドラマがこれの後追いをするのでしょう…数年後に。

>then-dさま
最初から見ていると、クラウとクリスマスに共通するくせがしっかりと描かれていて、ふと第1話を見ると冒頭に「クラウのお母さん」と小さなクラウが登場していることから、あれこそに…ということがあったんです。そういう意味で、最初から一貫して、あの最終回を描くための準備をしていたようです。絵のきれいさもそう簡単に崩れず、また、勝木ゆかりの音楽も心地よいものでした。
「神無月の巫女」私も途中から見ておりました。「クラウ」とよく似た構造でありながら、その演出の方法や世界の広がり方(家族はなく、2人だけの世界で閉じてしまったあたり)によって、こうも違うものかと感じさせられるところです。
 あと面白いのは、To Heart Rですね。「永瀬のおっさん」が何よりもいい味を出しています。いわゆる「萌えキャラ」ではない鍵になる人物がいると、それだけで作品は引き締まります。

「魔法少女隊アルス」は、つい見逃してしまい、総集編は欠かさずチェックしなければならなくなってます…

投稿: 冬紫晴(管理者) | 2004年12月21日 (火) 14時45分

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