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マリみてのこと:関係の洗い直し(4)

新刊の発売日まであと1週間もありません。焦ります。待ち遠しいです。
その前に関係の洗い直しをやっておきたいのですが、その中でも一つやはりこれには今のうちに、というか、現段階でどのようなことがつかめているかを考えてみたいということで、これをもう一度取り上げます。

祐巳−瞳子

以前、「棄てられないための装い」というタイトルでの文章で、こんなことを書きました。

(引用)彼女の祐巳に対する態度は、「好意を持っているのにそれを素直に表現できない」あるいは「祐巳が鈍感なので拗ねている」ための「ひねくれた態度」ではないと考えます。それ以上に、瞳子ちゃんは祐巳に対して何らかの向き合い難さを抱いているのではないでしょうか。(引用おわり)

 また、祐巳と瞳子ちゃんの関係を「実の姉妹のようだ」と書いたのもここでした。

 この二人に関しては、「瞳子は祐巳に好意を持っている」ことがあたかも通説であるかのような感触があります(私のネットの中を覗く範囲が狭すぎて、それが主流であるかどうかというのは実ははっきりしませんが)。実際のところ、瞳子ちゃんは祐巳をどのように感じ、どのように接しているのでしょう。

 それを考える前に、祐巳を妹にする前の、さらには蓉子の妹になる前の祥子が、瞳子ちゃんとどのように接していたのか、同様に柏木と祥子はどのように接していたのか、そんなことを考えます。
 『BGN』において瞳子は、祥子が習い事をすべてやめてしまったから構ってくれなくなった、と言っていました。
 しかし、習い事に追われていた頃の、つまり蓉子の妹になる以前の祥子というのは、蓉子曰く「怪獣」「いつも、何かに起こっている」「見えない何かと戦っている」という状態で、自分のことをまるで他人事のように話すような状態でした。これは、さらに幼稚園時代まで遡って『紅いカード』での美冬の回想でも同様で、黒塗りの車で親族でない者たちに送られ、「まるで、戦場にでも赴くかのように」通園する、「無言で戦っていた」女の子でした。どちらかと言えば常に不機嫌そうな、悲しそうな状態にあったと言えましょう。
 それが、遠縁の親族である瞳子を「構う」というのが、なかなか思い浮かばないのです。
 母(清子)や父、祖父とはどのように接していたのかということもわかりませんし、柏木をどのようにして好きになっていったのかということも全く描かれていないせいで、祥子の家庭(「家庭」と言えるかどうかわかりませんが)がうまく想像できないのですね。
 ただ、その決定的、圧倒的な何かの欠如は、柏木にも、祥子にも、瞳子にも同じ何かを起こしている可能性も、あるにはあると、そのくらいは言えるでしょうか。
 そう考えてくると、『ジョアナ』で、祥子をさして(祐巳の)『大好きなお姉さま』という書き方(言い方)は気になります。実は、『大好きな祥子お姉さま』と言えるほどに祥子を好いているのではないのでは、ということですね。

 祐巳は瞳子が祥子を好いていて、甘えていると考えているようですが、実際には、「甘ったるい声」や「甘える仕草」などは、そのような行動をしなければならなかった、ある意味マスコット(道化?)のような役回りを小笠原家で果たさなければならなかったような事情からできあがった、彼女の一面というか、武器なのではないかと、そんなことを考えます。

 そんなことを考えていくうちに、ふと思い当たったのが祐巳の前で見せる「不機嫌な顔」「仏頂面」、あるいは祐巳の妹になりたいかと訪ねた乃梨子ちゃんに見せた「恐ろしい顔」が、別の意味を持っているのではないか、と、そんなことを考えるようになりました。
 素直ではないから不機嫌そうな顔になると言うのではなく、何かに耐えるために……具体的には涙が流れそうになるのをこらえるため、同時に、泣きそうになっていることを悟られないために、歯を食いしばり、目に力を入れ、厳しいような顔つきになってしまうのではないか、と。
特定の感情を演じてみせることはできても、自分の感情についてはよくわからない、知らない、表現の仕方がわからない……というようなことを想像するのです。
 まあ、そうとは限らないわけですが。怒っているのともニュアンスが違いますし、拒絶しているわけでもない。それは「逆鱗」ではなく、正しいつぼをついたときの痛みのような、そんな気がしてしまうのです。

 そう考えると、瞳子ちゃんが祐巳に対して抱いているのは「好意」とはちょっとちがうもののように感じられるのです。それ以上に、祐巳が瞳子にぶつけてくる、打算も邪気も無い「好意」や「親切」に接したとき、それによって「切実な寂しさ」が満たされていくようなことに対して、「やりにくさ」「とまどい」「調子の狂い」を感じ、同時に「その手を握りかえしたい」「放したくない」という切実な願いをかき立てられるような、そういった複合したことが一度に起こっているのではないか、と、考えるのです。
 ある種の渇望と、反発や苦手意識が同居する、そういうのが一番近いように感じられるのです。

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コメント

険しい表情というのは何か外の対象に対する怒りというより、内心との「直面」を示すと考えた方が良いのかもしれません。確かにここではひどく怒っていたというふうに乃梨子は感じていないわけで、説得力があります。似たような記述が祥子につき、「さつさつ」の温室での場面でありました。

投稿: くりくりまろん | 2005年12月19日 (月) 11時35分

「表情を文章にする」というのは大変なことだと思うのですよね。それを、作者が逆手に取るようにして読者を翻弄しているような、そんな気もしますが……表情の読み間違いというのは、案外あることなのかもしれません。
隠しきれずににじみ出る何かが、その表情の中にあるのかもしれません。

投稿: 冬紫晴 | 2005年12月21日 (水) 02時03分

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受信: 2006年1月 4日 (水) 21時53分

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