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祐巳の静けさと温かさ……「凪(なぎ)」

 求職中というより、仕事しながら療養中といった方がいいということに何となく気づき始めた今日この頃。
 期待されていることはあるのだけれど、それをやるだけの気力がなかなか出ない、やってみても満足できるものにならない……
 そんなやるせない日々が続きます。みなさまはいかがお過ごしでしょうか。

 さて、そんな中でもマリみて解題はしているのですね。クオリティは保てているのか、いや本来クオリティなど高いものなのだろうかとかいうこともありますが……
 今回はやや趣向を変えて、「扉・鍵」で自ら語ることがなかった祐巳のことを考えてみようと思います。

 「扉・鍵」における祐巳の態度や行動、台詞などについて「冷たい」と言った意見も散見されますが、これは「静けさ」……英単語ではtranquilと言う方が当てはまっているのではないか、と感じます。

 物理学の上では、「静けさ」と「冷たさ」には関係があります。物体を構成している最小単位-分子の運動(振動)の激しさと、熱さ=熱には相関がありますから、分子の運動(振動)が少ない=静かな状態であれば、熱も少ないと言えます。
 しかし、「冷たい」という言葉と「静かな」という言葉、ずいぶん印象が違います。見ている基準が違うのです。「冷たい」は温度(熱)についてであり、「静か」は運動や、振動、または音の様子を表していますから、注目している尺度が全く違うわけです。

 さらに、「静か」でも「温かい」状態は多く考えられます。例えば、沸騰している水は「熱く」「にぎやかな」「激しい」ものですが、凍る寸前の温度の「冷たい」水でも、水面を風が渡ることで波立っていれば、「にぎやか」で「激しい」ものになります。その中間、湯気も立たないが温もりのあるような、人肌より少し低い温度……摂氏35度くらいの水が、波立たずにそこにあるようなことを考えてみれば、それは「温か」でありつつ「静かな」水、ということになります。
 
 海沿いの土地には「凪(なぎ)」と呼ばれる状態があります。
 「凪」とは風が止み、波がおさまり、穏やかになる状態を指します。転じて「凪ぐ」という言葉には、「心が静かになる」「穏やかになる」ということも意味します。
 昼間は陸の方が海より暖まるため、陸の上の空気が暖められて上昇し、海から比較的冷たい空気が流れ込みます。
 夜間は海の方が陸より冷えにくいため、海の上の空気が相対的に上昇し、陸から冷えた空気が流れ込みます。
 その中間、昼でも夜でもない時間帯になると、陸と海の上の空気の温度差がほとんどない状態になります。このとき風は吹きません。風が吹かなければ、海は波立たなくなります。これが「凪」です。
 凪いだ水面、といえば、このようなときの波立っていない水面を指します。
 凪いでいるからといって……波立っていないからといって、その水が冷たいかといえばそういうわけではないのです。

 話が大回りしましたが、「扉・鍵」冒頭での、選挙結果が出た直後の祐巳の表情……静かな笑み……というのは、このような「静かな」「凪いだ」状態であり、「冷えた」ものではなかったのではないか、と感じるのです。そうでなければ、その後の帰り道、乃梨子ちゃんに向けて「不思議なほほえみ」……「どうしたの?」でも「大丈夫よ」でも「任せておきなさい」でもなく、しかしそのどれをも含んでいたとも言えるほほえみ……を向けることはできなかったと感じます。

 静かで穏やかであっても、温かい。それが今の「強さ」を感じさせる祐巳の状態ではないか。
 そしてそれこそが、瞳子ちゃんを受け止めようとして作っていった状態ではないか……
 そんなことを考えています。

 今後も、「扉・鍵」での祐巳については考えていこうと思います。ここまで完全に隠されるのは初めてでしたから。

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コメント

 今日は、ロアデルは本日も多忙です(こう書くと誤解を生みそうですが、ご承知の通り固有名詞です)。
 『大きな扉 小さな鍵』に関連してふと疑問に思った点がありまして、医療関係にお詳しい十六夜博師さんにお聞きしたいのですが……。

●最近の病院、特に産婦人科病棟というのは、外観や内装が「白い」ものなのでしょうか?

 某所で書いた通り、今野氏の小説には「白い霧やもやに視界が覆われる」というイメージが多用されており、今巻の瞳子の母親の「夢」も同じモチーフが使われているということは間違いがないと思います。
 しかし他面で、彼女の夢に出てきた「白いもやで覆われた高原」が、彼女が入院していた病院の建物のイメージの再現であったとしたらどうだろう、と思い至ったのです。私の関心領域に引きつけて言えば、今野氏の頭の中で、

 病院(特に産婦人科)→白一色→白いもや

 という連想が成立しているのではないか、という推測です。
 でもこれって、ちょっと古いイメージなのではないかと思うのです。
 近年は色彩が人間の心理に与える影響なども研究されており、建築設計やインテリアなどにもそれらの研究結果が用いられるようになっています(私は疎いのですが、色彩検定などでもそういう知識が必須のようですね)。病院のような施設では尚更、患者を不安にさせないよう、外壁や内装に暖色系の色を使うなどの配慮が施されるようになっているのではないかと考えたのです。この点、実情はいかがなものでしょうか。
 まあ、「病院ごとに違う」が本当の所かもしれませんが、何か傾向のようなものがあったら教えて頂けませんか?

投稿: ロアデルは本日も多忙 | 2006年12月 1日 (金) 15時10分

ロアデルさま
お返事遅れまして申し訳ございません。

>最近の病院、特に産婦人科病棟というのは、外観や内装が「白い」ものなのでしょうか?

これらのことに関しては知らないのでございます。詳しいといっても私が知りうることはごく限られたことですので……。私が知りうる限りでは、拠点病院やモデル病院のようなところであっても、壁は白であったという記憶があります。ただ、子供の遊び場として作られたスペースには様々に目を楽しませるようなコーディネートがなされていたり、個室は木調の調度品があったりすることもあったかと。患者の精神状態に対するケアという理由ではない、別の理由があるのかもしれません。

「白い霧」について私が思い浮かべるのは、OVAの「子羊たちの休暇」にも登場した朝もやの場面です。
自分の周りの状況が見えないという状態を作るのは、目隠しをされるか、煙に巻かれるか、もやや霧の中に迷い込むか、といったところでしょう。どれも全く異なる意味を持った状況ですが、前者2種と異なり霧に囲まれるというのは、直接の危機ではないということでありましょう。その中で迷いつつも、探し物をするということはできるということです。そうであっても見通しがきかず、不安をかき立てるものとしての「霧」として、効果的に利用されるものかもしれません。
「闇」ともまた異なるものですね。

投稿: 十六夜 博師 | 2006年12月11日 (月) 03時05分

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