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2016年1月の投稿

性差についての雑論

性差というものは、厳然として存在する。身体の構造の違い、臓器の違い、臓器の違いに由来するホルモン、恒常性の違い。おそらく「月経を典型的身体的男性は1回も経験しない」ということは大きな差を生んでいるだろう。だから、典型的身体的男性には「月経前症候群」が無い。これが身体的・社会的な大問題を引き起こす。
たとえば、「生理」「生理不順」が話題として扱われているマンガや小説(アニメ化されているもの含め)は、私が出会ったものとしては「海がきこえる」「神戸在住」くらいしかない。その他には、確か「水色時代」がこれを扱っていたか。
また、様々な疾患の罹患率をみても、そこには性別の差はしっかりと現れてしまう。全身性エリテマトーデスやリウマチ、慢性甲状腺炎(橋本病)などの自己免疫疾患は、どうしても「女性」に多い。摂食障害もまた然り。その一方で、男性にも乳がん患者がいることはあまり知られていないだろう。
「出産」が、典型的身体的女性にしかできない、ということも、社会的な問題を引き起こす。しかも、日本では出産時のトラブルで死亡する新生児や母体が極端に少ないせいか、出産という一大イベントが生死を賭けたものだということに思いを馳せることができる人は極めて少ない。だから訴訟沙汰になりやすい。
「完全な人工子宮」の発明・成功は、それゆえに社会に大きなインパクトを与えるだろう。こんなことを扱っているのは、清水玲子くらいか?私の知識はあまりにも貧弱で、これくらいしか出て来ない。
しかし、遺伝子の違いが男性、女性を決定しているのかといえば、それは全く違う。典型的身体的男性は多くがXY型だが、これでもちょっとの「手違い」で女性の身体構造になりうる。その逆もまた然り。男女の身体的な違いがどうやって生じるのか、という点については、未だに謎だらけである。性分化疾患というのは、それだけ複雑怪奇なのだ。
さらに言えば、同性に性的興奮を覚えるということは実は稀なことでは全く無いし、どちらの性を愛するかは性的嗜好、つまり好みの問題であって、障害とは見なされない。まぁ、この点に関してはDSMの古い方、DSM-IV-TRでの記述であり、最新のDSM-Vではどうなっているのか確認していない。
問題を最もややこしくしているのは、性という身体性の問題が社会化するときに起こる様々なことなどなどの問題だと言えるだろう。「家族」「家族制度の崩壊」と言うと、典型的古典的家族ばかりが思い浮かんでしまうヒトが多いのも、そのためだろう。

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